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古事記33:雄略天皇のお話その1-残虐だけど女性と動物には優しい天皇- | Just another WordPress site


テーマ:古事記

第二十一代・雄略天皇は、即位される前、皇位継承権を持つ兄弟2人と従兄弟1人を殺してしまいます。このような残虐なイメージの天皇です。

 

しかし、当時、中国大陸の宋(420~479)という国が滅亡した後、「大陸への朝貢はやめよう」と鎖国政策を行うなど、外交面では、とてもカリスマ性を持った天皇でした。(なお、この話は、古事記には記述されていません。)

 

そして雄略天皇は、女性と動物に対しては優しい一面を持つ天皇でもありました。

 

このようなエピソードも、これから登場します。

 

それでは、本編参ります。

 

【雄略天皇のお話・その1】

 

第二十一代・雄略天皇には、奥さんが2人いらっしゃいました。

 

若日下王(ワカクサカノミコ)

韓比売(カラヒメ)

 

の2人です。

 

若日下王(ワカクサカノミコ)との間には、御子はいらっしゃいませんでした。

 

韓比売(カラヒメ)との間には、一男一女の御子がいらっしゃいました。

 

白髪命(シラカノミコ)

【後の第二十二代・清寧天皇(セイネイテンノウ)】と

若帯比売命(ワカタラシヒメノミコト)

 

です。

 

ある日、天皇が若日下王(ワカクサカノミコ)にプロポーズするため、大阪市にお出でになられた時でした。

 

山の上に登って国内をご覧になると、堅魚木(かつおぎ)を屋根に乗せている家を見つけました。

 

<堅魚木(かつおぎ)とは、屋根の上に乗っける丸太ん棒のことです。台風が吹いても屋根が飛ばないように重さで押さえつける役割のものです。(´・ω・`)>

 

そして、天皇は家来にお尋ねになりました。

 

「何だ、あれは!いったい誰の家だ!?(#゚Д゚)」

 

家来が、

 

「あれは、大阪府東部に住む地元の豪族の家です」

 

と答えると、天皇は、

 

「ヤロー!自分の家を天皇の御殿に似せて作るとは何事だ!!すぐにあの家に火をつけて来い!!(#゚Д゚)」

 

とお命じになりました。

 

<この家は相当大きな家だったので、屋根が飛ばないように堅魚木(かつおぎ)をつけていたんですね。でも、当時、堅魚木(かつおぎ)をつけた家に住めたのは天皇ぐらいだったので、天皇の気に障ったようです。(´・ω・`)>

 

それを聞いて豪族は、

 

「私が愚かでした。全く気づかずに陛下の御殿に似せて作ってしまうとは畏れ多いことでした。お詫びの印として品物を献上しますから、どうかこれで赦してください」

 

と平謝りします。

 

そして豪族は、白い犬に布をかけ、鈴をつけて、親族の者に綱を持たせて献上しました。

 

<今は全然珍しくないですが、当時、犬はとても珍しいものだったみたいです。(´・ω・`)>

 

天皇は、この白い犬を受け取り、家に火をつけるのをやめさせます。

 

きっと天皇は、

 

「わあ!カワイイ!!(*´∀`)」

 

と思われたのでしょう。(´・ω・`)

 

そして、天皇はこの犬を、プロポーズの品としてワカクサカノミコにプレゼントなさいました。

 

そして、お2人は結婚なさいました。

 

またある日、天皇が三輪山付近に遊びにお出かけになった時でした。川辺で洗濯をしている幼い少女を見かけました。

 

<推定年齢7~10歳くらいでしょう。(´・ω・`)>

 

幼いながらも、とても美しい少女だったので、天皇は少女に声をかけました。

 

天皇:

「お前は誰の子か?」

 

少女:

「私の名は、引田部の赤猪子(ヒキタベノアカイコ)と言います」

 

と答えました。

 

<きっと天皇は、「このコ、大人になったらスゲー美人になるんだろうなぁ!(゚∀゚)」ってクラクラきたんでしょう。(´・ω・`)>

 

そして天皇は、

 

「貴女は男に嫁がずにいなさい。もう少し大きくなったら宮中に召し抱えることにしよう」

 

と使いの者に伝えさせて、宮にお帰りになりました。

 

それで、赤猪子は約束を守って、ずっと待っていました。

 

1年経ち、2年経ち、3年経ち・・・ちょうどいい年頃になります。

 

5年経ち・・・でも、迎えに来ない。

 

「でも天皇が、『他の男に嫁いじゃダメだ。必ず迎えに行く』と仰った。必ず来るはずだ!」

 

と。

 

で、10年経ち、20年経ち・・・遂に80年経っちゃいました。(゚∀゚)

 

<推定年齢87~90歳くらいでしょうか?(´・ω・`)>

 

気づいたら、おばあちゃんになってました。

 

<こりゃ『ドリフの大爆笑』レベルの話ですね。(´・ω・`)>

 

そして、赤猪子は、

 

「こりゃ、どうすればいいの? まさか今さら抱いてもらえるとは思わないけど、一応念のため聞いてみよう」

 

と思って、宮中へ行ってみることにします。

 

そして、赤猪子は宮中へ行き、

 

赤猪子:

「あのぉ、私、引田部の赤猪子っていう者なんですが~・・・」

 

天皇:

「お前、誰? (;・∀・)」

 

<いきなり宮中に老女が一人でやってきたら、そりゃ怪しまれるでしょう。(´・ω・`)>

 

赤猪子:

「あのぉ、ずいぶん前に一度お会いしたことあるんですが~、覚えてらっしゃらないですか~?」

 

天皇:

「覚えてない! (; ・`д・´)」

 

赤猪子:

「あのぉ、確か80年くらい前に・・・」

 

天皇:

「 (;゚Д゚) 」

 

<天皇、やっと思い出してビビっちゃったみたいです。(´・ω・`)>

 

<赤猪子も、身体は痩せてしぼんじゃってるし、頼る者もないという大変お気の毒な状況なワケです。(´・ω・`)>

 

<『自分のせいで彼女の人生を棒に振らしちゃった』ことに、天皇も責任を感じられたみたいです。(´・ω・`)>

 

<「この女性も、よく待ってたよなぁ!来るなら、もっと早く来ればいいのに!」って思ったかも知れませんねぇ。(´・ω・`)>

 

仕方ないので、天皇は赤猪子と共寝をしようかとお考えにもなりましたが・・・

 

「いや~!流石にそれは無理でしょう!(;´Д`)」

 

ってことになり、次のような御製をお詠みになりました。

 

「神聖な三輪山の樫の木の下、その樫の木の下のように神聖で近寄ることのできない樫原の乙女よ」

 

「引田の若い栗林の栗のように若いころに共寝をすればよかった。今もうできないのは、私が老いてしまったから」

 

この御製を聞いた赤猪子は涙を流しました。そして次のような返歌を詠みました。

 

「三輪山に築いた立派な垣根の築き残しのように、神の宮に仕え従って来た私は誰に頼ればよいのか?」

 

「入り江に咲いている蓮の花のように、盛りの若い人が羨ましいことです」

 

そして天皇は、赤猪子に多くの品物を賜い、送って帰らせました。

 

この四首の歌は、志都歌(しつうた)と呼ばれています。

 

『雄略天皇のお話』は、まだまだ続きます。(・∀・)

 


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