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古事記34:雄略天皇のお話その2-エピソード雄略天皇の意外な一面- | Just another WordPress site


テーマ:古事記

前回のお話では、第二十一代・雄略天皇は、残虐だけど女性と動物には優しいという一面を見せてくれました。

 

今回も、いくつか雄略天皇のエピソードが登場しますが、また意外な一面を見せてくださいます。

では、本編参ります。

 

【雄略天皇のお話・その2】

 

雄略天皇が、奈良県吉野町にお出ましになったとき、川岸に一人の少女を見かけました。

 

とても美しい少女だったので、天皇は、その少女と結婚なさって宮にお帰りになりました。

 

しばらくして、再び天皇が吉野町にお出ましになったとき、少女と出会った場所で、台を置いて、そこにお座りになり、琴を弾いて少女に舞をさせました。

 

少女の舞が見事だったので、天皇は次の御製をお詠みになりました。

 

「台に座り、神の手で弾く琴に合わせて舞をする乙女よ。その姿は永久にそのままであって欲しい」

 

それから、天皇が近くの野原に狩りにお出ましになって台に座っていたとき、一匹のアブが天皇の腕を刺し、さらに蜻蛉(トンボ)がやって来て、そのアブを喰って飛んで行きました。

 

そこで、天皇は次の御製をお詠みになりました。

 

「吉野の山に猪が住んでいると誰が申し上げたのか? 我が天皇陛下が猪を待って台に座っていると、袖を揃えて着ている腕にアブが喰いつき、そのアブを蜻蛉(トンボ)が素早く喰った。それを称えて大和の国を蜻蛉島(あきづしま)と呼ぶ」

 

ある日、天皇は大和葛城山に狩りに行かれました。

 

大猪が現れて、天皇はその大猪に矢を射りました。すると、その大猪は怒って唸り声をあげて、天皇の方へ突進して来ました。

 

天皇は、

 

「ヒエェェ━━━━━━(|||゚Д゚)━━━━━━!!!!!!」

 

と、ビビッて、ハンノキの木の枝にお登りになりました。そして次の御製をお詠みになりました。

 

「我が天皇陛下が狩りに行かれた。すると猪! 傷ついた猪の唸り声を恐れ、私はハンノキの枝に登った」

 

<天皇、猪は怖かったみたいです。(´・ω・`)>

 

またある日、天皇が大和葛城山にお登りになったときでした。

 

向かいの山の尾根に、天皇の行列とソックリな装束をしている行列が山登りをしているのを見かけました。赤い腰紐、青い服の装束です。

 

天皇は、それをご覧になって、

 

「何だ、あの連中は!天皇の行列と同じ装束をしてるとは!(#゚Д゚)」

 

「大和の国に王は我しかいない!何処のどいつが天皇みたいな立派な行列組んで山登りするんだ!(#゚Д゚)」

 

と、怒ってお尋ねになると、向こうの行列からも山びこのように、同じ問いが帰って来ました。

 

すると、天皇は激怒なされて、

 

「何て無礼なヤツらだ!ならば弓矢を射ってやる!(#゚Д゚)」

 

と仰せになって、天皇と官人たちが弓矢を射ろうとなさると、向こうの行列も同じように弓矢を射ようとします。

 

天皇は、

 

「ちょっと待て!やるならその前に、お互いに名を名乗ることにしよう。お前は何処のどいつだ?」

 

とお尋ねになると、

 

「ならば、先に問われたから、私から先に名乗ることにしよう」

 

と言って、神様が出てきました。

 

神様:

「我は、吉事も凶事も一言で言い分ける神、一言主大神(ヒトゴトヌシノオオカミ)じゃ!」

 

天皇:

「 (;゚Д゚) 」

 

<天皇も、まさか相手が神様だとは思わなかったのか、ビビッちゃったみたいです。(´・ω・`)>

 

天皇は、

 

「私は現身の人間でしたので、貴方様が神様であられることは存じ上げませんでした」

 

と、かしこまって連れの者たちの武器を解かせ、衣服を脱がせて一言主大神に献上なさいました。

 

すると、大神は喜びの柏手を打って、お受け取りになりました。

 

またある日、天皇は袁杼比売(オドヒメ)という女性を嫁に迎えようと、奈良市春日野町にお出ましになられた時でした。

 

天皇は、道で袁杼比売(オドヒメ)と出会いましたが、オドヒメは天皇の行列を見て、

 

「私、ヤダー!(´;ω;`)」

 

と、岡に隠れてしまいました。

 

天皇は、次の御製をお詠みになりました。

 

「500丁もの金属製の鋤さえあれば!岡の土を取り除けて乙女を見つけられるのに!(´Д⊂ヽ」

 

<強大な権力を持っていても、女性の心は動かすことができない。悔しくて地団駄踏んでる天皇の心を現した歌です。(´・ω・`)>

 

<でも、女性には無理強いはなさらない。やっぱり女性にはお優しい天皇だったんですね。(´・ω・`)>

 

また、ある年の新嘗祭(にいなめさい)の日でした。

 

<新嘗祭(にいなめさい)とは、今で言う11月23日・勤労感謝の日のことです。(´・ω・`)>

 

<11月23日は、戦後、勤労感謝の日になってしまいましたが、戦前は、新嘗祭(にいなめさい)と言って八百万の神々に五穀豊穣を感謝する日だったんです。(´・ω・`)>

 

新嘗祭(にいなめさい)の後の宴会を、ケヤキの木の下で行っていた時でした。

 

三重県出身の侍女が、天皇の大盃を奉りましたが、その侍女はケヤキの葉っぱが大盃の上に浮かんでいるのを気づかずに、そのまま天皇に奉ってしまいます。

 

天皇は、

 

「このアマー!!(#゚Д゚)」

 

とお怒りになって、太刀を侍女の首に当てて斬ろうとなさいます。

 

すると、侍女は、

 

「どうか陛下、私を殺さないでください。陛下に申し上げたいことがございます。(´;ω;`)」

 

と言って、次の歌を詠みました。

 

「纏向の日代の宮(第十二代・景行天皇の宮)は、朝日の輝く宮、夕日の輝く宮、立派で素晴らしい宮殿です」

 

「新嘗祭の御殿に繁っているケヤキの木は、本当によく繁っています」

 

「三重の子が捧げた盃に浮いたケヤキの葉っぱは、浮いた脂のようです」

 

「イザナギノカミとイザナミノカミが、『こおろ、こおろ』と言いながら海水をかき回し、滴った海水が固まってオノゴロ島になる」

 

「オノゴロ島のように、脂のように、葉っぱが盃に浮いている」

 

「これは、とても畏れ多いことです。陛下にそのことを申し伝えましょう」

 

天皇は、この歌を聞いて、すっかり機嫌がよくなり、侍女を赦して差し上げます。

 

<オノゴロ島と『こおろ、こおろ』を出したところが、効いたみたいです。(´・ω・`)>

 

そして天皇は、この三重の侍女に褒美を賜います。

 

そして、次に袁杼比売(オドヒメ)が天皇に御神酒を奉った時、天皇は次の御製をお詠みになりました。

 

「酒瓶を持つ乙女よ。酒瓶を持つ時は底をしっかりと持ちなさい」

 

すると、オドヒメは次の返歌を詠みました。

 

「陛下が、朝にも夕方にも寄りかかっている肘置き。私もあの肘置きの板になりたいです」

 

<「○○ちゃんがいつも頭の下に敷いている、僕もあの枕になりたい!」って男が言ったら、ただのエロい歌になっちゃいますが、女性だったらOKですね。(´・ω・`)>

 

雄略天皇は、西暦489年、旧暦の8月9日に崩御なさいました。お歳は124歳でした。

 

御陵は、大阪府羽曳野市島泉にあります。

 

その後、息子の白髪命(シラカノミコ)が、第二十二代・清寧天皇(セイネイテンノウ)として即位なさいます。

 

次回は、『清寧天皇のお話』です。

 

お楽しみに。(・∀・)

 


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