テーマ:時事ネタ

5月3日は『憲法記念日』です。

 

ところでみなさん、憲法とは一言でどのような法律のことを言うか分かりますか?

 

憲法とは、国家権力を制限するための法律のことです。では何故、国家権力を制限するかと言うと、それは、国民の権利、自由、安全と幸せを守るためです。

 

よく、護憲派と言われる人たちが、「憲法9条を守れ」と盛んに叫んでますが、国民の権利、自由、安全と幸せを守ることが憲法の存在意義なのですから、この存在意義がこれまでの憲法では守れないと分かったならば、時代に合わせて改正もしていかなければいけないものです。

 

<憲法第9条を一生懸命守ったおかげで、国民の権利、自由、安全と幸せが守られなければ何にもならないわけですからね。(´・ω・`)>

 

また、憲法とは、その国のお国柄がよく表れている法規でもあります。

 

日本国憲法で、一番大事なことが書かれている条文は、憲法第一条です。

 

<どこの国でも、憲法第一条には、その国にとって一番重要なことが書かれているものですので。(´・ω・`)>

 

日本国憲法第一条:

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

 

「天皇は日本国の象徴」・・・つまり日本国は、天皇が存在してこその日本国である、ということです。

 

ちなみに、日本以外にも立憲君主制の国がありますが、「誰々の血統を受け継いだ者を君主とする」ということを憲法で定めている国が多いです。しかし、日本の場合、「誰を天皇とするのか?」ということは、憲法には一切書かれておらず、日本国憲法第一条も、「天皇は・・・」でいきなり始まっています。

 

これは、日本で初めて憲法(大日本帝国憲法)が公布された時(1889年2月11日)よりも、はるか昔から天皇が存在しており、当時の日本にとって、天皇が存在していることが当たり前なので、憲法で定義する必要がなかったからです。

 

みなさんご存じのことと思いますが、1890年(明治23年)11月29日に大日本帝国憲法(帝国憲法、明治憲法とも言う)が施行されましたが、第二次世界大戦で日本が敗戦したことを受けて、1947年(昭和22年)5月3日、日本国憲法が施行されます。そして、その日本国憲法が、現在の日本国の憲法となっています。

 

前にも書いた通り、憲法の存在目的は、国民の権利、自由、安全と幸せを守ることなのですから、これらを守るために従来の憲法が時代にそぐわなくなってきたならば、その都度改正していかなければなりません。

 

憲法を改正するためには、どのような手続きを取らなければならないかについては、日本国憲法第96条に書いてあります。

 

第九十六条

この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

 

憲法の改正には、衆議院・参議院各2/3以上の賛成、国民投票の過半数が必要となります。しかし、憲法第96条に、このように定められてるにもかかわらず、これまでの日本には、憲法改正の国民投票について定めた法律がありませんでした。戦後初めて、憲法改正のための国民投票について定めた法律、国民投票法ができたのが第一次安倍政権の時でした。

 

ちなみに、第二次安倍政権が始まってすぐの時、自民党から「衆議院・参議院各2/3以上の賛成」から「過半数」にするよう、憲法第96条を改正すべきという話が出たことがありました。

 

この時の自民党の主張が、「衆議院・参議院各2/3以上の賛成」では憲法改正のハードルが高すぎるから、という理由でしたが、実はこれは間違いです。

 

憲法改正のための要件が「両議院の2/3以上の賛成」というのは、世界的に見て決してハードルの高い数字ではありません。現に、米国やドイツも同じ2/3以上です。

 

それでもドイツでは、戦後50回以上も憲法を改正してきています。日本とドイツの違いは、「憲法を改正するべきだ」とする政治家や国民の意識の差でしかありません。

 

日本国憲法で、私が特に改正しなければならないと思っているところは、前文と第9条の二か所です。

 

日本国憲法前文

(一部抜粋)

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。

 

「平和を愛する諸国民」とは、日本以外の外国のことを言います。この前文を簡単に言うならば、

 

日本は好戦的な悪い国だが、日本以外の外国は全て平和を愛する正義の国である。だから日本は外国の公正と信義を信頼すれば、日本国民の安全と生存が保持できますよ。

 

という意味です。

 

<これほど日本国民を侮辱した文章はないですな。日本の隣の某数か国のどこが「平和を愛する正義の国」だと言うのやら? (´・ω・`)>

 

そして、憲法改正の本丸第9条。

 

第九条  日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 

2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

 

交戦権と武力の保持とは、外交のための手段の一つです。外国との外交交渉で対立したとき、相手国に自国に有利な条件を引き出すためのカードとして使うべきものです。

 

現に、北朝鮮による拉致事件のように、国民の権利、自由、安全と幸せが侵害されているケースがあるわけです。これも当然、憲法第9条が瑕疵となって起きていることなので、これも時代に合わせて改正していかなくてはならないわけです。

 

保守派と言われる人ならば、ほぼ全員が「憲法第9条はおかしい、改正すべきだ」と言う意見であると言って間違いないですが、保守派と言われる人たちの中に『憲法無効論』というのを唱えている人たちがいます。

 

<石○慎太郎氏などが特に有名ですが。(´・ω・`)>

 

彼らが唱える『憲法無効論』というのは、このような論理です。

 

現憲法である日本国憲法は、日本が連合国に占領されていた時期に、外国から強制的に押し付けられたものである。日本国憲法は正規の手続きで施行された憲法ではない。従って、日本国憲法は無効であると宣言して破棄し、一旦、大日本帝国憲法を正規の憲法として戻すべきである。それから大日本帝国憲法を、現代に沿った内容として改正すべきだ。

 

結論から先に言いますが、彼らが唱える『憲法無効論』は間違いです。

 

『憲法無効論』とは、「大日本帝国憲法」と「日本国憲法」は連続性のない全く別の憲法であるという論理です。そうではなく、「大日本帝国憲法」と「日本国憲法」は連続性のある憲法、つまり「大日本帝国憲法」を正規の手続きで改正してできたのが「日本国憲法」だからです。

 

左翼の人たちが唱えている理論で、『8月革命説』というのがあります。

 

『8月革命説』を簡単に言うとこうです。

 

・日本は、1945年8月15日に革命が起こった。

・つまり、1945年8月15日より前の大日本帝国と、後の日本国は全く別の国である。

・本来ならば革命と同時に、天皇と皇室は廃止すべきだが、可哀想だから当分は残すことにする。

・1945年8月15日に起こった革命の日が、日本建国の日なので、今上天皇は第2代天皇である。(初代が昭和天皇)

 

「大日本帝国憲法」と「日本国憲法」は連続性のない全く別の憲法であるということについて、保守派の一部が言ってる『憲法無効論』も左翼の人たちが言ってる『8月革命説』も、同じことを言ってることになるわけです。

 

<一部の保守派の人たちが言っている『憲法無効論』は、いわば左翼の人たちを利する結果になってるわけです。(´・ω・`)>

 

第二次世界大戦の末期、1945年7月26日、連合国は日本に対し、日本軍の降伏を求めたポツダム宣言を発します。

 

同年8月10日午前0時、ポツダム宣言を受諾すべきか否かで御前会議が開かれます。徹底抗戦を主張する阿南惟幾(あなみこれちか)陸相と降伏を主張する東郷茂徳(とうごうしげのり)外相とで、意見が真っ二つに分かれます。

 

阿南陸相と東郷外相で意見が真っ二つに分かれますが、二人とも目指すところは同じ、『国体の護持』つまり天皇と皇室の存続を連合国に認めさせることです。

 

阿南陸相は、『国体の護持』のため徹底抗戦を主張、東郷外相は同じく『国体の護持』のためポツダム宣言の受諾を主張していたわけです。

 

御前会議では、3対3の両論対等となったため、議長である鈴木貫太郎首相の一票で決すべき状況となりました。しかし鈴木首相は、「あまりに重大であり、自分の一票で決めることはできない」と述べ、天皇のご聖断を仰ぐほかないと決意。天皇は、ポツダム宣言を受諾する聖断を下されます。

 

同年9月27日、昭和天皇は、連合国軍最高司令官マッカーサーの前に立ちます。この時、マッカーサーは当然、昭和天皇は命乞いをしにくると思っていたと言います。

 

陛下は、マッカーサーにこう言われました。

 

『日本国天皇はこの私であります。戦争に関する一切の責任はこの私にあります。私の命においてすべてが行なわれました限り、日本にはただ一人の戦犯もおりません。絞首刑はもちろんのこと、いかなる極刑に処されても、いつでも応ずるだけの覚悟はあります』

 

『しかしながら、罪なき八〇〇〇万の国民が、住むに家なく、着るに衣なく、食べるに食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。温かき閣下のご配慮を持ちまして、国民たちの衣食住の点のみにご高配を賜りますように』

 

マッカーサーは、後で回顧録にこのように書いています。

 

「天皇の話はこうだった。 『私は、戦争を遂行するにあたって日本国民が政治、軍事両面で行なったすべての決定と行動に対して、責任を負うべき唯一人の者です。あなたが代表する連合国の裁定に、私自身を委ねるためにここに来ました』――大きな感動が私をゆさぶった。」

 

「死をともなう責任、それも私の知る限り、明らかに天皇に帰すべきでない責任を、進んで引き受けようとする態度に私は激しい感動をおぼえた。私は、すぐ前にいる天皇が、一人の人間としても日本で最高の紳士であると思った」

 

これまで、天皇と皇室を廃止させようと考えていたマッカーサーは、『まずい』と思ったのか、日本に天皇と皇室を存続させる方向に180度転換します。

 

1946年2月12日、GHQは日本に「この内容で憲法を制定せよ」とするマッカーサー草案を提示します。このマッカーサー草案は、9日間という短い期間で作られたものでしたが、何故こんなに短い期間で作られたかには理由があります。

 

米、英、ソ連、中華民国、オランダ、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、フランス、フィリピン、インドの11か国の代表が日本を管理するための政策機関・極東委員会が構成される予定となっており、憲法改正を日本に任せてぐずぐずしていたら、極東委員会に天皇廃止を要求される恐れがあると判断したためです。当時、ソ連とオーストラリアが特に天皇廃止を強く主張していました。

 

このマッカーサー草案をもとに日本人が日本語で憲法の条文を書き上げます。草案そのままではなく、4000頁もの審議録が残っています。

 

そして、大日本帝国憲法は、その憲法に定められている正規の改正手続き(第73条と第56条)を経て、日本国憲法に改正されています。

 

大日本帝国憲法

 

第73条

将来此ノ憲法ノ条項ヲ改正スルノ必要アルトキハ勅命ヲ以テ議案ヲ帝国議会ノ議ニ付スヘシ

 

2 此ノ場合ニ於テ両議院ハ各々其ノ総員三分ノニ以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開クコトヲ得ス出席議員三分ノ二以上ノ多数ヲ得ルニ非サレハ改正ノ議決ヲ為スコトヲ得ス

 

第56条

枢密顧問ハ枢密院官制ノ定ムル所ニ依リ天皇ノ諮詢ニ応ヘ重要ノ国務ヲ審議ス

 

そして、1946年11月3日に日本国憲法が公布されますが、公布されたのはもちろん昭和天皇です。陛下は憲法公布を喜んでおられたといいます。

 

つまり、現在の日本国憲法の草案を作ったのはGHQ(マッカーサー)ですが、憲法を実際に作ったのは日本人です。中には、GHQ案と全く別の内容になっている条文もあります。

 

<確かに現憲法には、第9条のように、日本人にとって屈辱的な内容もありますが、第1条~第8条(天皇に関する条文)のように一番守らなければならない部分を守れた結果となったとも言えるわけです。(´・ω・`)>

 

あと、大日本帝国憲法では、「主権者は天皇」であったが、日本国憲法では、「主権者は国民」となったと言う人がいますが、これは左翼の人たちの言うプロパガンダで全くのウソです。

 

両憲法を読み比べてみれば分かりますが、天皇は権威のみの存在であり、権力を握って国を動かすのは内閣総理大臣。そしてこの内閣総理大臣を選挙で選ぶのが国民で、任命するのが天皇・・・これは前憲法も現憲法も一切変わっていません。

 

5月3日の憲法記念日・・・憲法について考えてみる契機としたいですね。

 


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